デザイン思考から生まれる創造性:異分野から経営のアタリマエを見直す 平井康之氏①

「デザイン」という言葉は経営の世界でも使われてもいる。その本質はどのような志向にもとづくのか、「インクルーシブ・デザイン」といった考えをもとに企業や市民社会と幅広く関わっている平井先生にお話を伺った。

第二回 (1)デザイン思考から生まれる創造性

平井康之
九州大学 芸術工学研究院 准教授
専門はインテリアデザイン、オフィスデザイン、インクルーシブ・デザイン等。ダイソンを輩出した英国王立大学大学院修士課程修了。日本の民間会社でのデザイナー、アメリカのデザインコンサルティングIDEO勤務の後、現職。

デザイン思考について

Q:モノだけでなく、サービスやマネジメントにも「デザイン」が使われることがありますが、本質はどのようなものなのでしょうか。

例えば、夜の道ばたの電灯の話をしましょう。電灯の周囲は明るく、もし何か落し物をしたら、我々はその明るい所を探しがちです。しかし本当は照らしていない、暗い所に落し物がある可能性もあります。アイデアも同じで、「見えている」ところではなく「見えない」ところをいかに「見るか」。開発プロセスでは、他の専門領域の人やユーザーと一緒に考えることからヒントを生むなど、見える範囲だけで考えてしまわないプロセスの必要性が高まっています。
プロダクトデザインの場合では、さらに最初からある特定の機器開発などハードの「落としどころ」を決めてしまうことが、アウトプットを制限する面もあると思いますね。なので、あえて具体的なハードの「落としどころ」を決めずにスタートすることで、よりユーザーニーズに近い解決策が生まれる場合もあります。
例えば、ある博物館のアクセスデザインのプロジェクトを行っていますが、外国人の方、子供連れの親子、障がいを持つ人々など様々な人々に参加いただきました。多様なユーザーと一緒に最寄駅から博物館まで歩いて気づきを収集するワークショップです。皆それぞれ視点が違い、観察を通じて多くの発見がありました。博物館側としては、サインで道順を案内しているのに、ユーザー側は他の目立つサインを見てしまう。しかし提供側がこの状況を変えようと思っても、所有する既存のサインの改善しか見ない場合が多いです。見るべきはユーザーがどういう情報行動をしているかです。
それを知ることで、ひょっとしたら解決策は、今のサインのようなものじゃないかもしれない。この考え方の違いは大きいと思います。更に、イランからの留学生はサインそのものが画一的なので、博物館に近づくにつれ、わくわくする情報があればと言い、一方視覚障がいのある人は、歩いていくと距離が長いので方向があっているか不安になっていくと言いました。
よく考えてみると、不安と興味は、実は心理面に関する同じコインの表裏なんです。どうやってこの二つを満たしていくかという課題が見つかっていくんです。

 

ともに考えるプロセス

Q:デザイン側面から、企業側に足りない発想や考えをご示唆いただくとすれば何でしょうか。

一つは組織の硬直化があります。部門がプロセスごとにわかれ、各部門が直接ユーザーと関わる機会が少ないと、本当のユーザーニーズが伝わらなくなります。マーケティング、開発、エンジニア等が全て、できるだけプロセスの初めから一緒にユーザーの声を聞き、ともに考えていくプロセスが必要だと思います。
もう一つは、経験者が若手の芽を摘んでしまう事態です。過去の失敗を例に「難しい」と言った途端、若手がもう何もできなくなることがよくあります。それを私は企業デジャブと呼んでいます。つまり見ていないのに見たような気になることです。
先輩社員の親心だとしても、今は社会条件、環境条件も変わっているのですから、同じことをやってだめだとは限りません。このようにイノベーションの芽を摘むということは非常に大きな問題で、どこの企業でもあり得ると思うのです。

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