「自在結合」という考え方:異分野から経営のアタリマエを見直す 今田高俊②

社会システム論の領域から、マネジメントにも応用できる自己組織性・自在結合という考え方について語ってもらった。

第三回 (2)「自在結合」という考え方

今田高俊  Takatoshi Imada
東京工業大学大学院社会理工学研究科 教授
専門は社会システム論、社会階層、社会理論。
サントリー学芸賞を受賞した『自己組織性』他、多くの書や論文を執筆している。
2008年紫綬褒章受章。

「編集力」の重要性

Q:リーダーシップについてもこれと関連して考えられそうですね。

時代が繁栄しているときは人びとが舞い上がってしまわないように押さえる秩序が必要で、逆に安定した社会だと沈滞ムードに陥ってしまわないように活力が必要になります。その活力は、個々人が相乗作用して新しいものを形成するという前提にたっています。その前提のうえでの具体的な行動が今、組織論とか経営論では問われていることだと考えます。すると牽引型のリーダーシップは昔の話で、そうではなく、個々人が相乗作用しあうようにサポートする、支援することが必要となってきます。強力な管理センターのようなものはなく、管理は最小限に抑えることが求められます。

今、豊かさが満たされ、欲求がある面では上限に到達している中で、人々の動機の構造は変わってきています。それはマズローの欲求の5段階をそれぞれ横展開していくような、差異動機です。たとえば食事も、量ではなくて、おしゃれなものや、雰囲気のいい空間で、という付加価値を差異動機で求めるようになっていますし、安全もどのようなリスクに対応するか、多様化が進んでいます。自己実現欲求になると実に様々で、ある人にとっての自己実現は他の人にとっては関係ないこともよくあります。そういう欲求を満たすために、細かく多様化して対応する時代になっています。

そうすると、リーダーシップも従来型ではなく「エディターシップ」「編集」という役割になってきます。違う動機づけをうまくまとめることによって、新しい意味づくりをして、そしてそこから合意形成できるというやり方が必要になっているのです。

 

Q:これは成熟社会の構造と同義でしょうか。

そうですね。自己実現くらいのところまで達したら多様化する、それが成熟化ということになります。

管理を減らすと人間はいろんなことをやるんです。進化論で言うと突然変異がひっきりなしにいろんなところで起きる。組織単位で言うと、新しいアイデアとか新しい情報創発がどんどん起きやすくなる。この状態にしておくことが開花することではないでしょうか。全ての種が育つわけではないので、どれだけたくさん種を持っているか。その種ができやすい状態にするのがリーダーだと思います。

 

「自在結合」という考え方

Q:社会学・社会哲学的に「組織が活性化している」とはどのように説明されるでしょうか?

特に、「リゾーム」型のシステム・組織が大事だと思っています。リゾームとは根茎、地下茎の意味です。地下茎は、方向も統制されずに伸びたい方向に伸び、途中で障害物があったら方向を変え、変幻自在に差異化をしながら進んでいきます。そういう動きをリゾーム型と呼んでいます。ネットワーク型組織という考え方もあり、ライン型に比べて情報伝達や意思決定の面で早い、効率的であるということで、重要視されました。特に情報処理面ではパワフルさを発揮するので、その考えを取り入れた企業も多かったのではないでしょうか。

しかし問題は、で、何をつくるのか、どういうアイデアを生み出していくのか、という点です。それがなく効率化だけをしても仕方がありません。知識集約型の今の社会では、付加価値のあるアイデアをつくりだすことがまず必要になります。そのときの組織形態としてはネットワーク型よりリゾーム型が適すると思います。ネットワークはフラットとはいえ、地上に伸びる木のように、ある方向に向けて機能していく性質を持っています。しかし、根茎の場合、方向はその都度変わり、要素は自在に結合をします。そういうことを許容するような組織がリゾーム型で、差異化自体が価値を生んでいきます。

 

Q:もう少し詳しくその動きを教えて頂けますか?

データベース系で言うと、ハイパーテキストの仕組みと同じです。データベースに入っている多くのデータの中から、たとえば「ヨーロッパの中世の宗教」を検索するときに、通常はヨーロッパ→中世→宗教と探索していき、関連して「アジアの中世の宗教」を追加検索するときには、一度、宗教→中世→ヨーロッパへと逆に進み、上位階層にまで戻って、そこからから「アジア」へと入り、再び中世→宗教と探索していきます。ところがハイパーテキストはそこをワープできます。一度上位階層まで戻らずに、自在に「宗教」という階層のなかでアジアや中世のそれに横飛びができる、そうした動きが自在結合と重なります。

また「偶必然」という、偶然と必然が同時に起こる原理があり、これがとても大事です。たとえば人間個々人の体は神経が隅々まで張りめぐらされていますが、その状態をどうやって成形したかというと、すべてが計画的につくられたわけではありません。大まかな骨格情報と、神経細胞がそれぞれ必ずどれかと結合しなければならない、という程度の大まかな指令だけが与えられ、あとは勝手にやらせるのです。全ての結合を一々それぞれ指示するのは無理なことです。

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