受け渡される学びの文化づくり:異分野から経営のアタリマエを見直す 鈴木 謙介①

第六回 (1)受け渡される学びの文化づくり

鈴木謙介
関西学院大学 社会学部 准教授

Q:「ピア・エデュケーション」の取り組みについて、教えてください。

1年前から新しい教育として始めた取り組みなのですが、デザインからプロデュースから全部、学生たちとつくってきました。それが「ピア・エデュケーション」という学生同士の学びあいの場をつくるという活動です。
2013年ごろから大学では、いわゆる「アクティブ・ラーニング」という形で、新しいメソッドをとりいれようという動きが進んでいます。それに影響を受けてはいますが、少し毛色が違うのは、ITツールを使うような大々的な取り組みではなく、関学の社会学部だけでこぢんまりと始めています。我々が重視したのは、学びの文化を継承するということです。つまり、先輩がやったことを後輩もやりたいと思わせるようなことを文化としてつくっちゃうということです。たとえば勉強会では大学院生がこういう内容がいいね、こういう先生を呼びたいねということを決める権限があります。後輩からみると、自分が先輩になったらやってみたいと思わせるんですね。こういう文化を継承させると自律的に学びの文化が継承されます。育てるまでに3年はかかりますが、小さいけれどきちんと受け渡されていく文化をつくっていこうと思っています。

こうした先輩後輩システムは、おそらく企業からも失われているものの一つだし、大学という場所においても言えるんですね。学生は企業に比べて、退学という形での流動性は低いでしょう。ところが、大学の「コミュ力格差」が激しくなっているんですね。有能な子はバイト、サークル、NPO活動、学生団体活動、勉強など、すごく忙しいわけです。するとある活動に参加しているときは中心的な役割をしてくれるのですが、一つのユニットにずっと関わるのではない動きをします。結果、まじめで、勉強したいんだけれど自分からは積極的にあまり動けない子だけが大学に残ってしまう。いわゆる「ぼっち問題」です。こういう子はいままで有能な子のおかげでグループに属せていたんだけれど、自分たちで何か動かないとネットワークがつくれない状態に放置されてしまう。つまり、すごくアクティブであるがゆえに、大学という場にとどまりきれなくなった層と、そこから取り残されてしまった層の格差があると認識をしているのも背景にあります。

 

Q:SNSのグループ数がすごく多い学生もいるそうですね。

使い捨てのグループが本当にたくさんあって、メンバーシップというものが存在しないんですね。大学のサークルも活動もLINEのグループで連絡が来ますが、グループというのはユニットでもメンバーシップでもなく、一時的な集まりでしかない。こうした集まりが都度立ち上がっては消えていくという状況になっていて、自分で管理もしきれない。でも属していないとコミュニケーションがとれなくなってしまうので、そうしたスタイルが一般的になるに従ってメンバーシップをいかに作っていくかが、教員側も、学生自身も苦慮する部分が出てきています。

僕自身、いわゆる昭和のべったりした関係はうっとうしいと思っていたタイプですが、メンバーシップ型に対してジョブ型という、部分的な関わりでは教育効果という点では大きく問題を抱えるということがわかってきたんですね。企業でも飲み会のコミュニケーションの代替でブレックファストまたはランチミーティングをするところが増えていると聞きます。同じ釜の飯を食うという作業が、結局グループ作業をするのに、チームとして作業をするのに不可欠だというのがわかってきた。なぜかというと、多くはジョブ型の働き方にしていないからですね。メンバーシップ型の思想やマネジメントを残したままでいるときに意図的にこのようなコミュニケーションを設定するのはありだなと思っていて、ゼミでもランチミーティングを取り入れています。もちろん学年によって飲み会が効果がある場合もあります。要するに、戦略と戦術は分けて考えるべきで、戦略としてメンバーシップを形成するために、公私にわたるつきあいを入れるのは間違いではない。ただその手段が間違っていることもあり、戦術を変えればまだまだ使えることはたくさんあると思っています。

それを意図的にやるために、僕のゼミの場合は先輩が後輩をサポートする機会を自主的につくろうとしています。毎年歓迎のためのグッズを企画させているのですが、こうやってネーム入りのものを渡すと帰属感ができ、歓迎されている感も出てきますよね。彼ら自身が企画しますし、卒業目前の4年生もわざわざ来て企画に加わってくれる。これが今のシステムがうまくいっていることの証明かなと思っています。勝手に自主的なサイクルが生まれていけば、マネジメントの基礎になるような信頼関係や帰属感はかなり意図的に設定できるのではと思っています。

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