「安心」と「信頼」から見る、人の行動と社会の構造:異分野から経営のアタリマエを見直す 山岸 俊男③

安定した集団の中にいると「安心」はあるが閉鎖的社会になってしまう。しかし集団を超えて外と交流をしていくときには、その安心の呪縛から抜け出すことが必要である。その時に必要とされる「信頼」とはどのようなことか。そして現在の社会構造はどのようになっているか。社会心理学者の山岸先生にお話いただいた。

第四回 (3)「安心」と「信頼」から見る、人の行動と社会の構造

山岸 俊男
東京大学大学院総合文化研究科特任教授、北海道大学名誉教授。社会心理学者。
「安心社会から信頼社会へ」(中公新書)、「社会的ジレンマ」(PHP新書)等多くの著書がある。
2013年度文化功労者。

個人の評判と信頼

Q:「信頼」は個人の場合にも左右するものですね

これまでの社会は、個人の評判をつくっても、集団の中にいるから、そこを出たときに役に立たないような状況でした。そうではなく、個人が自分の評判をつくることに投資をしていき、その評判がどこにいっても通用するような形で社会をつくっていく。それがこれからの時代に利他的に人々を行動させる社会のつくり方です。そのためには、いい評判を持つ人にチャンスが与えられる環境を作る必要があります。シリコンバレーは評判を持つ人にチャンスがある例ですが、これが一般の会社員にも当てはまるようになる環境です。一般の会社員の場合には、根底は真面目に仕事に打ち込むことで、それが評判になり、いずれまわりからの信頼へと変わっていきます。そして自身のつながりがどんどんと広がっていく結果になります。

そういう生き方が大事であり、そういう生き方ができる社会を作っていかなければならないのです。企業が閉ざされてしまうと、まじめに仕事をしても内部でしか通用しない評判になるので、企業の外では何の役にも立たなくなってしまいます。集団を閉ざさないで、信頼を基にした社会づくりをすることが必要です。

 

Q:最近はどのようなことに注目していますか?

社会心理学というより行動経済学に近いような実験研究を結構やっています。たとえば最近は、ホモエコノミクス(経済人)、つまり合理的に自己利益を追求する人間が、本当にいるのか、ということについて研究しています。みなで協力すればうまくいくのに、みんなが自分の利益だけを求めて行動すると結局は誰もが損をすることになるという状態を、私たちは「社会的ジレンマ」と呼んでいます。環境問題などはその典型です。実験をすると、そうした状況で協力しようとしない人たちがある程度はいます。そうした人たちをホモエコノミクスと呼んでいいかどうかを調べてみました。

その結果分かったことは、協力しない人たちの半分くらいは、合理的に自分の利益だけを追求する典型的なホモエコノミクスだということです。こうした人たちは知能テストの成績が高く、自分は社会の上の方にいると考え、また生活に満足していて自尊心が高い、いわゆるエリートと呼ばれる人たちの特質をそなえていました。ただし協力しない人たちの残りの半分くらいは、こうしたホモエコノミクスとは全く逆の人たちですなんですね。不安と他人への不信感が強く、共感性に欠けている。そして自分は世の中から受け入れられていないと感じている人たちです。

要するに、自分勝手な人たちにも大きく分けて二種類の人たちがいるということです。社会のエリートであるホモエコノミクスの人たちを協力的にさせるには、武士道の倫理が適しているかもしれません。武士道はそもそもエリート用の倫理体系ですから。しかし社会に対して不信感と恨みをもっている人たちに対してエリートになるための倫理を強制しても、何の役にも立たないでしょう。そうした人たちは、社会を恨む行動が結局は自分の首を絞めているのだとは考えていないので、人に親切にすれば結局は自分のためになるのだよという商人道の方が役に立つでしょう。

他にもたとえば、信頼と収入との関係に注目した研究もしています。他人を信頼する人の方が収入が高いという結果が出ていますが、それは全員にあてはまることではなくて、自分の集団の外に積極的にチャンスを求めている人たちだけにあてはまっています。そうした人にとっては、他人を信頼するとそれだけチャンスが開けてくるという発想ですね。これに対して、まわりの人たちから悪く思われないようにということばかり考えている人たちにとっては、信頼が収入に結びついていません。このように信頼づくりの行動も、どういう生き方をしたいと思っているかで大きく違ってきます。

実験や研究の切り口を見つけるときには、とにかく人と話し、また、話を聞いてもらうことから広がっていきます。常識と考えられていることでも、おかしいと思ったことはおかしいと思って追求していくのも大事ですね。

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