Vol.12 D級アンプ“トライパス” ~コラム:技術者の視点で世の中を俯瞰~森田さんに聞きました

Vol.12 D級アンプ“トライパス”

今回は、見えないところで進行する違う切り口でのイノベーションの例としてエレクトロニクスのお話をしてみたいと思います。

これまで自動車や飛行機それから電車に代表される乗り物を中心としたモビリティのイノベーションが外から見えないところから皆さんが知らぬ間に起きているという例をいくつか紹介してきました。しかしながらもっと身近なところにも非常に大きなイノベーションがあることを最近見つけてしまいました。

私は、音楽を趣味としております。当然、音楽を身近に再生するものとしてAUDIOについても一定の関心を持ってきました。普通の人から見ると立派なAUDIOヲタクといってもおかしくないかもしれません。中学生のころから“コンポ”(もはや死語でしょうか)というものを段階的にそろえ、その時々での良い音での音楽を楽しんできました。そんな中でラジカセから一歩AUDIOに踏み出した最初の製品は、プリメインアンプでした。テクニクスのSU-7600という製品が初めて手にしたAUDIO製品ということになります。アンプだけ買って音源やスピーカーはどうしたのか疑問に思われたかもしれませんが、音源はラジカセを活用しましたし、スピーカーはゴミ捨て場に落ちていたTVセットから拾ってきたSPユニットを箱に取り付けて使っておりました。当時のTVには、かなり優秀なスピーカーユニットを持っている機種がなぜか多く、特に三菱のTVにはダイヤトーンのユニットがついていましたので、事実上ただで16cm級のフルレンジSPを手に入れることができました。ところがこのアンプだけは、DIYでは手の出ないハイテク製品でした。従ってアンプからAUDIOを始めたというのはそのような理由からでございます。

今日の話題は、この私のAUDIO原点のアンプです。ところが、わたくしがAUDIOから目を離しているすきにアンプが知らぬ間に大変なことになっておりました。前述のようにアンプはAUDIO製品の中でも基本的なもので、真空管がトランジスタ化された後は技術的に熟成されており、良い音と大きな出力を確保するためには、物量で稼ぐのが正攻法ということになってきました。したがって製品ヒエラルキーはAUDIO製品の中でもはっきりしていて、“値段=物量”とその音質の関係においては完全な正比例であったといっても過言ではありません。すなわち、よいアンプとは、大きなトランスと大きなコンデンサーで構成される高級な電源系を使ってそれをパワートランジスタで増幅するというのが基本構成です。さらにそれを支える丈夫なシャシーがあればもっと良いということになります。私の最初のSU7600(1974年)は10kg程度の重量でした。その後、私が就職して(1986年)購入したSONYのTAF333ESRになりますと見事に20kg強の重量を誇っておりました。このアンプは、重くて配線するのも大変なのですが、巨大なトランスのおかげで音の方は全く素晴らしいものがあります。ちなみにこのアンプは、今でも我が家の現役で活躍しております。つまり、1986年あたりですでにアンプの技術は飽和してしまったということも言えるわけです。

ところが、数年前にネットでいろんな調べ物をしていますと、全くわたくしの知らなかったメーカーのアンプが話題になっていることを発見しました。AUDIOの世界は、残念ながら前述の価値の飽和により日本国内のAUDIOメーカーは業界全体で整理統合されているのが歴史的経緯ということになります。その中で、ToppingとかSMSLとかLepy(Lepai)とか知らない名前が目白押しなうえに、これらのメーカーはいずれもアンプを商品の中心においているのが特徴です。もっと驚いたことにこれらのメーカーの売っているアンプはいずれも1万円未満が中心でさらにその重さは500g程度のものが主力であるというというところです。常識的に考えればアンプの世界でこの値段と重量はダメな音に直結してします。しかしながら、アマ○ンの評価を含むネットでの評判を丁寧に拾ってみますとどうも革命的に音がいいという評価にあふれている状況でした。この事実を実現しているのは“D級アンプ”という新技術です。

これらのD級アンプは、すでに飽和した過去のアンプの技術(主にAB級と呼ばれる増幅機構)と全く異なる増幅原理を活用したものになります。従来のアンプが前述のようにアナログ信号を強引に直接増幅する機構を有するために、エネルギー効率が悪い(70%程度)だけではなく、肝心の音に直結する周波数特性やひずみについても低周波や高周波の領域で十分ではないという宿命的な課題を持っておりました。これに対し、新しいD級アンプについては、一度音声信号を高周波パルス信号に変換した後にこのパルスの状態で増幅(トランジスタの効率がこれで高まります)した後にローパスフイルターを積分回路として用いることにより元の信号に戻すという方式をとっています。これによって、きわめて広い周波数を歪なく増幅できるだけではなく、エネルギー効率についても90%を超えるものも珍しくありません。(D級アンプで検索していただくともっと詳しい情報が多数出ております。)

それでは肝心の音はどうだったのでしょうか?物好きの私ですからここは当然購入して“自分で”試してみました。Lepy(元Lepai)社のLP-2020A+という機種をアマ○ン(約3千円)で購入しました。このアンプは、(写真参照)大陸直送で送られてきました。ACアダプター(12V5A汎用PC用)が付属しており本体は300gしかありません。写真通りのチープでペコペコの外見からは全く期待できない状況でした。心臓部のICはこの業界では最も有名なトライパス社のTP-2020を搭載しています。これを本格3waySP(写真参照:もちろんホーンを含め自作です)につないで試してみました。その結果は、“素晴らしい”の一言です。たった300gのアンプが20kg級のアンプとそん色ない音質です。というより私はこっちの方が好きです。味付けのないクリアで無味無臭というのが適切な表現です。おいしいミネラルウォーターのテイストですね。さらに面白いのは、このアンプの中を開けて使われている部品を秋葉原で買える高品位の部品(といっても全部で500円くらいですが)に変えるともっとキレのいい“すごい音”に変身できるところにあります。私も早速コンデンサーのすべてを交換して試してみましたがキレキレの音に変身できました。アンプからの発熱も少ない(SONYはほとんど電気ストーブ並みの発熱)ので自動的に我が家の主力アンプはこちらになってしまいました。

このすごいイノベーションは一体全体いつの間に誰が作り上げたものなのでしょうか?どうして一般にもっと普及しないのでしょうか?その辺をもう少し調べてみました。このD級アンプの基本技術は1990年代に米国のトライパス社によって作り上げられたものだということが分かりました。そこでこのトライパス社についていろいろ調べてみました。トライパス社はこのD級アンプの増幅機構を林檎印のPCのために開発したようです。PCにとっては、電気消費が少なく大きなトランスやコンデンサーのない内臓アンプの素子(IC)としては大きな価値を生む可能性があることは言うまでもないことでしょう。D級アンプの特徴はこの目的には非常に合致していたことだけではなく、予想外にも“非常に音がよかった”というところにあります。この技術は徐々に本格的なAUDIO製品にも展開が進んでおり、このような非常に安価なアンプ群だけではなく高価なアンプに対しても活用が進んでいます。高級アンプ=重いアンプという公式がこのような新たなイノベーションにより少しずつ崩れつつあるまさに真っただ中というのが今のアンプというAUDIO製品の姿とご理解ください。

他方、このような安価で汎用的なデバイスの出現は、ビジネス的観点で見た場合別の側面があります。このデバイスにより非常に安価に高音質が得られることは顧客にとって大きな価値になります。ただしその反面、アンプが高価であっても音質は大して変わらないという結果を生むことにも直結します。その結果、現在AUDIOが持つ趣味的な価値を持つ製品としての価値を失わせる可能性を秘めていることにも目を向ける必要があるでしょう。このデバイスがAUDIOの救世主となるか破壊者となるのかをよくみていていきたいと思います。

追記1)このトライパス社の商品化したTP-2020というICが特に音に優れるという位置づけになっておりました。ところがこのトライパス社はすでにありません。2000年代の末に倒産して今は亡きメーカーのIC製品という位置づけになっております。それでもこのICを使った新たな製品が最近まで出てきていました。これらのアンプに活用されているICの供給源は廃棄されたパチンコ台というのが実態のようです。まるで、風の谷のナウシカのエンジン鉱山のようで大変面白いと思います。ただしさすがに供給源が尽きたらしく2020自体の供給も含め途絶えてきているようなのが残念です。

追記2)TP-2020以外の優れた素子(IC)もその後たくさん出現しています。海外製品のTIのTPAシリーズや日本のヤマハのYDA-138Eはわたくしも基盤キットで試してみましたがTP-2020にない優れた音質を持っております。私の工房の常用アンプはこのYDA-138Eを用いたキットを部品チューニングしたものです。またそれらの新世代D級ICには、100W以上の出力があるものもあり、市民会館やコンサートなどに用いられるPAのアンプの主流はすでにD級アンプに切り替わっているようです。

追記3)良く調べると普及品のギターアンプは、どうもこっちが主流のようです。電池で大音量が得られますのでストリート系のミュージシャンの救世主になっているようですね。

写真)Lepy(元Lipai)社のTA-2020A+ 中身をすごい音仕様に改造済(コンデンサー/インダクター/オペアンプ交換)
TA-2020AとTA-2020A+という2種が売っているようです。安価ですので両方購入してみました。このうち“A+”の方だけがTA2020利用で“A”の方はLepyのLP2020というオリジナルの素子でした。回路構成もかなり異なります。しかしながら音の傾向は同様でした。

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写真)トライパスTA2020-020(部品として大阪で入手)

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写真)TESTに使用したスピーカー(自作:ちなみに写真内のユニットが全部いっぺんに稼働するわけではありません。)

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写真)YDA-138Eを利用したキット。ICは真ん中の黄色いコンデンサーの隣の黒い点です。とても品のいい音です。この黄色いのや水色やら黄緑の部品がいい音のための高品位部品ということになります。ちなみにこの透明なケースは100均ショップのクリアケースです。発熱がないのでこのような材質が利用できます。

森田浩一氏

大手タイヤメーカーにて 高分子化学分野の技術者として実績を重ね、研究所長、役員などを歴任。
現在は大手音響・楽器・電子部品メーカーにてイノベーション推進を担当する。

“なぜだろう”の問いかけをキーワードに多様な方向性で情報を集め、一歩違う視点で常に考える。
猫をこよなく愛するハードロッカー。

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