Vol.15 自動運転 ~コラム:技術者の視点で世の中を俯瞰~森田さんに聞きました

Vol.15 自動運転

今回は、前回の予告通り乗用車の自動運転のお話をしてみたいと思います。かなり大胆な仮説と考察なので、今回は議論が巻き起こること必至の内容になると思います。今シリーズのコラムで飛行機の技術は必ず自動車に展開されると述べ続けてきました。飛行機の自動操縦は、相当進んだところにあるのは事実です。完全自動の着陸(もっとも難易度が高い自動操縦)も完成されており、YOU-TUBEで検索すると見事な自動着陸を見ることができます。それでは、自動車への展開はどうでしょうか。

まず、結論から行きますと、“完全自動運転車両が交通社会に普通に混在できるようになるのはすこし先になるのではないのか”とわたくしは思っております。反面、人が運転主体でアシスト機能の拡充や全車自動運転の限定条件下での完全自動運転については想像以上に早く一般化すると思っております。それでは、なぜそう思うのかを少し詳しく説明したいと思います。

自動車の運転ということを想像すると、前回もお話してきたように、当然ながらハンドルを切ったりアクセルを踏んだりすることを皆さん想像されると思います。しかしながら、そこにはそれだけではない普段、明示的に意識しない非常に重要な要素が隠れていることを忘れはいけません。私たちは、自動車を運転しながら無意識に他の自動車(運転者)や歩行者と意思の疎通を図り合意を図ることによって初めて安全にかつスムースに交通できているのです。一言でいえば“総合的な状況判断”ということになりますが、意識してよく考えてみるとその中には情報を受ける行為だけではなく発信する要素もかなり含まれていることがわかります。

たとえば、どちらにも“とまれ”の支持のない交差点で出会い頭に同時に侵入した状況を想像してみましょう。昼間の視界のいい状況でしたら“お先に”と手で示したりして安全に通過します。それでは、夜間の雨天とかどうでしょうか。パッシングとかの手法を駆使することになりますが、さらに相手の自動車の速度の変化とかブレーキのタイミングを微妙に判断して進むことになります。もっと言えばその交差点がどこの地域にあるかによっても大きく変化します。今、私が住んでいる地域では歩行者優先の徹底など他の地域以上に譲り合いの文化がありますが、そのような地域性を持った付帯状況も判断に加える必要があります。他の地方でしたらまた別の地位性を持った交通に関するルールや習慣があるかもしれません。この例に見るように自動車運転の状況判断は、運転者による社会性の発揮とコミュニケーションが大きなよりどころとなって機能しています。このような行為は、言葉ではない自動車を通した会話に近いといえると思います。すなわち、運転者に代わってAIや最新のデータ処理技術にこのような社会性を持ったやり取り(会話)をできるかどうかが議論のポイントということになります。

aab36d44d64bf7921da2144de1c8f0da_sこのAIと社会性の課題の考察をより精度を持って行うために類似の例を探してみました。その中で自動翻訳が類似性を持っているように感じました。機械翻訳に関しては、グーグルの翻訳などいくつかの例がありますが、以前に比べるとだいぶ良くなってきた感があるとみなさんも感じられていると思います。それでは、携帯自動翻訳機はもうすぐそこまで来ているのでしょうか。英語の苦手な私としては非常に期待してしますところになりますが、いくつか本を読んでみるとそう簡単ではないようです。
“ビッグデータと人工知能-可能性と罠を見極める 西垣通 著”という昨年出された本があります。著者は、前東京大学大学院情報学環教授で、長年人工知能の研究に携わってきた専門家の方です。その著作の中で自動翻訳に関しては、“当分難しい”と断言されております。その理由の要点を記載しますと、“会話の流れの中で単語の意味が広がりを持って拡散していくからである”といわれております。
AIにおいては、使われる単語の意味が成り行きによって絞り込まれるような状況にあるならば意味の同定は容易になりますが、現実には会話の流れや気分の変化によって意味が拡散している例が多いのだそうです。確かによく気を付けてみても現実の会話では“あれとかそれとか”を適当に使って流れで会話を成立させている例は少なくありません。また会話の中でたとえば“猫”という単語を用いた場合、会話の途中でその“猫”がさす言葉の意味が違ったニュアンスに変化しているようなことも普通にあることに気づきました。
このような翻訳に関しての考察は、今日の本題における“自動車を運転する=社会の中で相互コミュニケーションしながらうまく交通をこなす“とかなり近いような気がしますがいかがでしょうか。たとえば、相対する自動車がパッシングをした場合、お先にどうぞという場合、どいてくださいという場合、この先に危険があるから注意した方がいいというサインである場合がありますが、実際の運転の場合はおおよそ相手の意思をなぜか理解することができます。これはその前後の状況の流れの中から理解できるので来ているのが現実です。このようなコミュニケーションの意味の拡散や流れでの意味の規定は現在のAIが必ずしも得意とするところではありません。この壁を超えるには、もう少しイノベーションが必要であるような気がいたします。

反面、用途と目的を限定した自動翻訳機能に関しては、観光案内の翻訳補助デバイスに見られるようにかなり実用性を持った物も出現しているようです。これは、用途を限定してフレームワークを明確にし(これはAIにとってとても重要な要素だそうです)、かつ人が介在することにより意味の拡散の防止と社会性の部分を人が担当するために実用性を持っていると解釈することができます。自動車に当てはめるとこれは、ドライビングアシスト機能に相当しますね。

完全自動運転車限定の交通体系がすぐに組めればこのような社会性に起因する課題は発生しませんが、現実には通常運転の車両や何より歩行者との共存を避けて通るわけにはいきません。自動運転車両をうまく通常運転車両(運転者)や歩行者と調和させていくには、自動運転車の挙動を社会と調和できるように(自動運転車とはそのようなものだという人の側のなれと受容を含む)段階的に時間をかけて導入していく必要があります。それは、今から100年前に自動車そのものが社会に出現してから比較的便利で安全な交通機関(不完全ですが)として溶け込むまでに必要だった時間と経験と同じような時間と経験が必要なのではないのでしょうか。

以上に議論してきたような意味で、私は、完全自動運転車が一般社会で実用化するまでには時間がかかると思います。その時には、ディープラーニングの深化等、何らかの形でAIが一定の人に受容される社会性をもつことに成功していると思われます。念のために付け加えますと“何らかの限定”すなわち自動運転車だけの区間とか高速道路に巡航だけや道路側で何らかの機能サポートをする場合などAIが苦手なフレームワークの規定と社会性の必然性の低減がされているような状況では、予想以上の早期に自動運転が導入されると思います。

この数年来のドライビングアシスト機能の普及は、現実に著しく事故を低減してきました。できれば、運転の操る楽しみを残しながらより良い安全性を享受できるシステムになっていくことを望みたいですね。

森田浩一氏

大手タイヤメーカーにて 高分子化学分野の技術者として実績を重ね、研究所長、役員などを歴任。
現在は大手音響・楽器・電子部品メーカーにてイノベーション推進を担当する。

“なぜだろう”の問いかけをキーワードに多様な方向性で情報を集め、一歩違う視点で常に考える。
猫をこよなく愛するハードロッカー。

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