Vol.2 歴史に学ぼう ~コラム:技術者の視点で世の中を俯瞰~森田さんに聞きました

Vol.2 歴史に学ぼう

 このコラムも第二回となりました。今回は、いろんな社会での出来事の背景には歴史があるということをご紹介したいと思います。(なんだか堅い話になっちゃいそうですが)
だからといってすでに有名な自動車=ダイムラーとか飛行機=ライト兄弟とかのお話をするつもりはございません。皆様の期待通り、もうちょっとトリビアな世界にご案内いたします。
前回、資源や食料のことについて書きましたので、今回は、毎日食べながら意外に知らない食料について歴史的背景からの切り口で深堀してみたいと思います。

食糧生産と化学

既にご紹介したように、(コラムの第一回ももう一度読んで復習してくださいね!)食料の中で少なくともトウモロコシは約19¥/kgと破格の安価であることがわかりました。だけど、とっても貴重なはずの食料がいつからこんなに安価になったのでしょうか?もっと希少なものだと思っていただけに“ちょっと驚き”と感じたのは私だけではないと思います。一体全体いつから食料はこんなに潤沢になってしまったのでしょう。そのあたりを少し歴史的に見ていきましょう。

食べていくための食糧生産の問題は、人類の生存そのものだけではなく、経済にとっての長年の根源的課題でした。皆さんもご存じのように江戸時代の日本では、武士(=公務員)の給与はお米で支払われており、お米の生産そのものが経済そのものを規定してきました。国家(=藩)の運営を潤沢するためには、とれるお米の石高を改善していくことが非常に重要な課題となってきたわけです。そのため、その大切なお米の石高を増やす手段として、干拓等で新田開発を行い、面積増によって石高を増やすことが中心となって行われてきました。もちろん江戸時代から勤勉で有名な日本人ですので農業技術の改善にも積極的に取り組んできました。このひたむきな努力の姿は、現在日本で行われている水田耕作技術のかなりの部分が、この時代に開発されたものであることからも明らかです。ところがこのような努力の積み重ねにもかかわらず、お米の単位面積当たりの生産改善はわずかなものにすぎませんでした。江戸時代300年を通した変化は1.5t→1.7t/haになっただけです。(余談ですが、それゆえ国家の強化とは、土地の面積増加だったわけです。)

このような、停滞を打破したのが、産業革命でありその中でもとりわけ錬金術の近代版である化学の貢献ということになります。1906年にハーバーさんとボッシュさんが発明した化学肥料(窒素肥料=硫安)の合成法の開発は、まさに人類の食糧事情に革命をもたらしました。空気中に最も多く含まれるイナートな(役立たずの)成分である窒素を高温高圧化で触媒にさらすことにより貴重な肥料に大化け、というのがこのハーバー/ボッシュ法になります。無価値なものから価値あるものを作りだす、まさに錬金術の世界です。この技術が発明されるまでは肥料とは動物(人間を含む)堆肥かタンパク質で構成される魚(干鰯)に限られてきました。これらは供給も限られますので増産に寄与できる範囲もおのずと限定的であったわけです。それが先に紹介した勤勉な江戸時代の日本人の農業生産性向上の限界につながっていたのですね。

農業生産性の歴史

このハーバーボッシュ法の普及により人類は事実上無尽蔵な窒素肥料を入手することができました。また同時にメンデルの遺伝学をもとにした品種改良により肥料官能性の高い品種が作り出され、この二つが相まって20世紀入ってから農業生産性は著しく改善されてきました。その結果、お米ですと現代の日本では5t/haが標準的な生産性ですし、近代のゲノム選抜によって作り出された高収量品種では、7-8t/haに到達する収量が得られているようです。これは、お米の例ですが主題のトウモロコシでもやはり7t/haの収量が普通にあるようです。化学肥料に関しては、環境とかロハス農業の敵とみなされる側面があることも事実ですが、人間を長年の飢えという課題から救ったまさに功労技術であることは間違いありません。なんといっても同じ農地面積で5倍近い人を食べていけるようにしたのですから!(もちろんお二人ともノーベル賞です)

さらにこのような近代農業技術は、発展途上国への展開により世界中をほぼ飢えから解放してきました。今現在食料の本質的な自給が困難な国は極めて限られているのが事実です。20世紀の半ばに飢餓で有名だったバングラデシュですら今や食料輸出国になっているのが現状です。(あのバングラデシュコンサート=飢餓救済チャリティーコンサートを知る身としては感慨深いです。)
いかがでしょうか、“近代化学”の歴史を見直してみると世の事実の意外な側面が見つかるということを理解していただけましたか。
ただ、気を付けなければならないことがあります。革新技術の宿命なのですが、この技術のもたらしたもう一つの側面に火薬の大量生産を可能にしてしまった、という事実を忘れてはいけません。硫安からは容易に火薬原料の硝酸塩を作りだすことができます。それが間違いなく第一次世界大戦以降の戦争をそれ以前とは比べられないくらいに悲惨なものにしたという負の遺産があることを忘れてはいけません。かのKING CRIMSONも名曲EPITAPHの中で“Knowledge is a deadly fiend, If no one sets the rules”とうたっておりますが、技術は常にモラルとルールとともになければならないと真摯に思います。

森田浩一氏

大手タイヤメーカーにて 高分子化学分野の技術者として実績を重ね、研究所長、役員などを歴任。
現在は大手音響・楽器・電子部品メーカーにてイノベーション推進を担当する。

“なぜだろう”の問いかけをキーワードに多様な方向性で情報を集め、一歩違う視点で常に考える。
猫をこよなく愛するハードロッカー。

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