Vol.3 飛行機 ~コラム:技術者の視点で世の中を俯瞰~森田さんに聞きました

Vol.3 飛行機

“イノベーションは見えないところから”

今回は、イノベーションについての考察をしてみたいと思います。イノベーションという有名な言葉は、シュンペーターさんが作り上げて普及させた用語でありますが、彼の言葉を借りれば、イノベーションとは“技術以外”でのビジネスシステム全体での革新性をさすようです。ところが少なくとも日本では、明らかに革新技術を用いたビジネスシステムと理解されていますし、それどころか技術革新そのものをイノベーションという単語で表現している場合があります。ここでは、日本での一般理解を採用して革新技術を用いたビジネスシステムと定義して考察してみましょう。
技術革新は、経済高度成長期までは、一般の人にも非常にわかりやすい形で起こってきました。その最もわかりやすいのがモビリティ=乗り物の世界の出来事ということになります。たとえば最もわかりやすい例としては、航空機の世界があります。1950年代の初めのころまでは、ダグラス/DC-6やロッキード/コンステレーションに代表されるプロペラ式の旅客機が主流でした。(各機体の画像/写真はぜひ皆さんnet検索してみてください)飛行速度は、500km/hrで航続距離は5000km位です。大西洋を渡るのにアイスランドで給油が一回必要で、ほとんど24hrくらいかけて旅行するのが普通でした。ところが1950年代にボーイング/707に代表されるジェット旅客機が出現し、飛行速度は900km/hr以上で航続距離は6000kmで移動できるようになりました。大西洋は無着陸で約6時間の旅に短縮されました。しかし、それらの数字以上にはっきりしているのが“見かけ”です。まず、ジェットエンジンですので、プロペラがありません。それに加えて、遷音速で効率よく飛ぶために後退翼を採用していますので、はっきりもうしあげて、“かっこいい”ですね!前世代の飛行機とは、全く別物に見えます。つまり、イノベーションそのものが目に見える形でやってきたわけです。

それから50年以上経ち、2000年代の終わりにボーイングが世に送り出した787はそれ以上に技術的に大きなイノベーションを実現しました。ところが、50年前のボーイング/707と最新型の787、はっきり言って差がわかりません。むしろ787は、翼の後退角も少なくなっていてもっさりした印象で正直“いけてない”というのが感想でしょう。ついでに言えば、この二つの飛行機では、飛行速度もほぼ同じ(設計速度は707の方がほんの少し速い)ですし、“なんでこれが最新式のイノベーションなの?”というのが見かけから判断した場合の感想だと思います。実は、この787のすごいところは、17000kmも航続距離があるところにあります。これだけの航続距離があれば、世界中のほとんど任意の2つの都市を文句なしに無着陸で結ぶことができます。実質的な移動速度(=言い換えると時間)は乗り換え時間の不確実性を含めると大幅に向上しているといえるでしょう。実質的な飛行速度が上がったのと同じ意味を持ちます。これは、航空旅客のハブ&スポークからダイレクトフライトへのビジネス変化に直結したものになります。ハブ間を747のような大型機で結んでそこから小型機に乗り換えてスポークで結ぶこれまでの輸送システムを、中型機(787)で大陸都市間でも直接乗り換えなしで結ぶように変換することによって“早く確実に移動したいという”顧客価値を実現しました。これにより乗り換え二回に対して実質4時間くらいの時間短縮と遅れ=乗り換えそこないによる不確実性を解消したわけです。まさにイノベーションといえるでしょう。

ところでその革新性は、どのような技術から来るのでしょうか?その秘密は、外から見えないところにあります。787は、民間旅客機において初めて重要骨格部材をCFRP(つまりプラスチック)で作った初めての機体です。これまでも、部分的にプラスチックは旅客機の部材に使われてきました。しかしながら従来の使い方は、貨物パネルとか動翼の一部でした。つまり飛行機の飛ぶための荷重や力を正面から受け止める部材にはすべて金属部品が用いられて来たのが現状です。これに対してボーイング787は、初めて主翼のトーションボックスといわれるもっともシビアに荷重のかかる部材のみならず、胴体の構造材のすべてなど一気に徹底的にCFRP化してしまったとことに凄さがあります。これによって、従来のアルミ合金対比基礎骨格の重量が20-30%くらい低減されたといわれています。その軽量化分を、先に述べたような航続距離の実現や機内の快適装備に活用しているわけです。
このような素材によるイノベーションは、もう皆様お解りのように、外部からうかがい知ることはできません。しかしながら、すでに述べてきたようにそこにうまくビジネスシステムを絡めた場合、予想以上のイノベーションがそこに出現することを787は現しているといえるでしょう。

この素材の技術は、日本の東レが40年かけて熟成してきたものです。その技術への一貫した直向きさには同じ高分子材料にかかわるものとして敬意を払うものがあります。さらに、旅客機という安全性の究極が求められる製品に対してここまで大胆にCFRPを導入して(安全性も含めて)成功したボーイング社にもイノベーションフロンティアとしての賛辞にふさわしいものがあると思います。

追伸1:世界初の実用ジェット旅客機はデハビラント社のコメットです。不幸なことに、就航直後に金属疲労破壊による連続事故で運航停止となりました。貴い人命が失われただけではなく、イギリスの民間航空機産業を事実上終焉に導きました。挑戦は、必ず十分な技術を伴う必要があります。

追伸2:ボーイング787のライバルエアバスA350は当初新世代アルミ合金(Li-Al合金)で設計されていましたが、787の成功を見てCFRPに戦略変更したのは有名な話です。A350は、追随者メリットをしたたかに生かし、787への後れをわずか4年にとどめました。初飛行はYOU-TUBEで世界中継され私もリアルタイムで見ました。欧州勢のこのしぶとさは、見習う必要がありますね。

追伸3:飛行機の技術は必ず自動車に展開されます。BMWi3として量産車のフロアパネルにCFRPが採用されたのは記憶に新しいところです。

森田浩一氏

大手タイヤメーカーにて 高分子化学分野の技術者として実績を重ね、研究所長、役員などを歴任。
現在は大手音響・楽器・電子部品メーカーにてイノベーション推進を担当する。

“なぜだろう”の問いかけをキーワードに多様な方向性で情報を集め、一歩違う視点で常に考える。
猫をこよなく愛するハードロッカー。

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