Vol.4 ミケランジェロ ~コラム:技術者の視点で世の中を俯瞰~森田さんに聞きました

Vol.4 ミケランジェロ

絵画作品と時間変化

このコラムも4回目となり皆さんも私のテーマの発散に相当戸惑われていると思います。その後期待に添えるべく、今回は、少し硬いお話はお休みにして絵の話を起点に書いてみたいと思います。

私ごとですが、学生時代(つまり30年前ですね)美術部なるものに籍を置き、絵を描いておりました。審査委員受けの良い絵を狙った作品を作り賞状をたくさんコレクトした結果、つまらなくなって描くことから遠ざかってしましました。幸か不幸か、手元には賞状と引き換えに自分が描いた少しでもよさそうな作品は一枚も残っていません。当時の学生美術のシステムは入選と引き換えに自分の作品の権利を失うものだったのですね。今考えると著作権上随分乱暴なシステムといえるでしょう。

今日のお話は、この著作権のことではありません。私の作品のように消えてしまうような価値の絵の話ではなく、人類の財産として受け継ぐ偉大な作品とその時間変化の意味のお話になります。お話ししたようなプロフィールから、私も絵を見るのは嫌いではありません。いくつか海外の美術館も機会があれば訪問しております。その中で最もメジャーな作品は、私の場合、ミケランジェロの“最後の審判”になります。

この作品は、みなさんご存知のようにバチカン宮殿の中に鎮座しておりますのでバチカンに出向かなければ見ることができません。私は、幸いこの作品を見る機会を1997年の秋に得ることができました。初めてこの作品をみて、私は大変な衝撃を受けました。それは、“なんかちょっと違う”というものです。実はこの“最後の審判”は美術好きの方はよく御存じのように1990年代の半ばにリニューアル作業を受けております。私はそのリニューアルの直後のものを見ることができたのです。作品は、明るく鮮やか、かつ爽やかに礼拝堂の壁や天井にありました。それは、イタリアの爽やかな秋の空にとてもふさわしい素晴らしいものであったのは言うまでもありません。しかしながら、他方それは私が求めていた“最後の審判”でなかったことも事実です。私が幼少のころより画集や教科書、TVプログラムなどでなじんで素晴らしいと思っていたのは、暗くひびが入り、重厚で伝統に彩られた“最後の審判”の姿でした。私の見たリニューアル版のリアル“最後の審判”では、この自分の中で形作られた“最後の審判”の価値そのものが見事に喪失していたのです。この時バチカンのかなりの作品がリニューアルを受けており、いわゆるオリジナル状態への復帰の作業を受けた後の姿を示しておりました。おそらく“ミケランジェロらが描いた直後の姿はこうだったんだろうな”と思えるものです。美しく鮮やかで神々しくあるこれらの作品に、私はとうとう最後まで真の感動を覚えないままにバチカンを後にしました。出口付近に飾られたレオナルドダビンチの自画像が正直私の感動を得た唯一の作品でした。

これらの作品が人類文化の永遠の財産である以上、一瞬の生しか得られない我々は、どこかの瞬間で触れるしか手段がないわけです。他方、私が経験したように、すべてのものに変化が訪れる以上、そのタイミングによりその作品の持つ意味はまったく違ったものになるのも事実であります。作者がどのような状態で自分の作品を本当に見てほしかったのかは、もはや想像するしかありません。しかしながら、彼らのような“天才”が初期状態だけを視野に入れて作品を恒久施設である教会礼拝堂に作品を形作ったとはとても思えません。もしもそれならば、私のような感想も許されると勝手に解釈するのもいいのではないのでしょうか。

翻って、この作品の変化の視点で、我々の工業製品(読者の中のサービス業の皆様申し訳ありません)を見てみたいと思います。私たちが製造し世に提供していく商品は、もちろんこれらの美術作品とは異なり工業製品ですので長く鑑賞して楽しむものではありません。しかし、お客様と触れ合う各段階で異なる受け止めがあることを思い起こさずにはいられません。

商品としてお店に展示している段階では、どのような状態でしょうか。それは、きっとラベルの付いた磨かれた状態だと思います。その姿を見てお客様は何を思うのでしょうか。また、幸いにして、お買い上げいただいたお客様は、おそらく、手元で使われるその製品の一生は美術品とは全く異なる時間レンジと視点だと思います。しかしながら、私たちが製品に責任をもって提供するのならば、その、10年を(時にはそれより少し長い)超えることのない短い時間の中でも、できればその変化の各段階で、かの天才たちが作品に込めた何分の一の満足でも提供できることを考える必要があると感じます。

森田浩一氏

大手タイヤメーカーにて 高分子化学分野の技術者として実績を重ね、研究所長、役員などを歴任。
現在は大手音響・楽器・電子部品メーカーにてイノベーション推進を担当する。

“なぜだろう”の問いかけをキーワードに多様な方向性で情報を集め、一歩違う視点で常に考える。
猫をこよなく愛するハードロッカー。

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