Vol.5 遺伝か環境か ~コラム:技術者の視点で世の中を俯瞰~森田さんに聞きました

Vol.5 遺伝か環境か

最近いろいろな形でDNAが話題になります。実は、タイヤ会社である私たちも農産物である天然ゴムの研究分野で全ゲノムの解析や各種マーカーの研究などを行っております。今日は、そのような研究を通して遺伝子解析の先生方にうかがったお話を書いてみたいと思います。

人間の基本的形質は、遺伝子、つまり4種類の核酸の連続する高分子によって決まるということを皆さんご存知だと思います。人間の場合その数は、約2億という莫大な数字になるわけです。ところがこの遺伝子で決まるというのは一体全体どこまで決まるということを指すのかということが今でも議論なのです。たとえば、“あなたのクローン人間ができたとしてそれがあなたと同一の人間になるのでしょうか”という問題です。 答えは、もちろん“No”です。経験や記憶を含めて同じ人間はあり得ません。それは遺伝学的同一性とは別のところにある時間的経過つまり偶然と意志の産物が大きく人間そのものを変えてしまうということそのものだと思います。従って、もしも安定的にNRを得ようとすれば、よい品種というのを単純に追い求めるのではなく、品種にあった農業技術の研究開発というのが必ず必要であるということになります。

それでは、植物や人間のパフォーマンスというのはどのくらい遺伝形質に依存するのでしょうか?実は、生物学会でもいまだ答えがないというのが現実です。それどころか、生物学の枠を超えた倫理や哲学の分野にまたがる議論の大きな課題というのが現実です。

ところで、もうだいぶ前にアメリカの生物学者初めて哺乳類でクローン(遺伝学的生物の複製)を作り出したことは皆さんご存知だと思います。そのとき、新聞各社は雑誌も含めてより良い品種の家畜の生産に活用できるでしょうと書き立てていました。しかしながら、ビジネス的には全く異なるところからこの技術は実用化されました。さらにいうとそのビジネスについては、今、存在しません。

そのビジネスは、ペットの複製です。猫好きの私も含めて家族の一員として犬や猫さらにはハムスターや鳥のようなペットと一緒に暮らしている方は多いと思います。そのような方が、必ず胸を痛めるのは、彼らとの別れだと思います。そこを顧客課題として正面からとらえビジネスとしたのが哺乳類を対象にしたクローンビジネスです。遺伝的にお別れしたペットを複製することによりもう一度出会えるようにするというビジネスです。もちろんこれには、倫理的な問題が付きまとうのですが一定の支持を集め、この未熟で高価な技術の市場への初の展開を果たしました。しかしながらこのビジネスは、長続きすることはありませんでした。その理由は、先に述べたような生後の後天的な環境起因の複雑な課題だったのでしょうか。または、人間の複製につながる倫理の問題だったのでしょうか。実はいずれでもなく、生まれてくるクローン猫(ここでは猫を仮定してみましょう)の柄がオリジナルと異なるという問題だったのです。よくいる黒白とかキジ白とかの柄つきの猫の模様は母親の胎内にいるとき環境の偶然の要素を持って決まっているそうです。それじゃ、遺伝子は何をしているかというと柄の模様の面積を決めているそうです。従ってうちのキジ白猫のちびくん(写真参照)をクローンにかけても額のトレードマークの妖怪ウオッチ稲妻マークはコピーされないことになってしまいます。これでは、飼い主は納得しません。(白猫とかだったらOKだったのでしょうね)すぐにビジネスとしては、すたれてしまいました。

このことは、我々にこの世に生を受けて生きることの根源を投げかけているところがあるように思います。遺伝を超えて、人とのかかわりの中で切磋琢磨し議論し高め、さらにその能力をよき方向で社会に還元する努力をすることが社会の中の我々のおそらく使命だと。そう思います。

プレゼンテーション1

森田浩一氏

大手タイヤメーカーにて 高分子化学分野の技術者として実績を重ね、研究所長、役員などを歴任。
現在は大手音響・楽器・電子部品メーカーにてイノベーション推進を担当する。

“なぜだろう”の問いかけをキーワードに多様な方向性で情報を集め、一歩違う視点で常に考える。
猫をこよなく愛するハードロッカー。

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