Vol.6 アフタヌーンティー ~コラム:技術者の視点で世の中を俯瞰~森田さんに聞きました

Vol.6 アフタヌーンティー

私の本業であるタイヤは天然ゴムが重要な原料です。この天然ゴムが熱帯雨林のプランテーションで作られていることは皆さんご存じだと思います。他方、プランテーション農業で作られている産物は天然ゴムだけではありません。例えば身近なところですとバナナなどは代表的なプランテーション作物ですね。昔は関税もあって非常に高価な果物だったのですが関税率の低下と栽培技術の発達で最も安価で安定的に入手できる作物となりました。

他方、プランテーション農業にはいくつかの課題があることも知られております。中でも単一の作物を同一耕作地で集中的に連作するために、作物の病気の害が常に課題としてあることは一般にはあまり知られておりません。実は過去には人類の文化の歴史を変えるほどの出来事がありました。このコラムをコーヒーブレークに読まれている方もいらっしゃるかもしれませんが、イギリスのブルジョアジーの有名な楽しみにアフタヌーンティーがあります。午後3-4時ごろに紅茶とともにサンドイッチやスコーンを楽しむ優雅な時間はイギリスの文化そのものと言っても過言ではありません。私も30年前にミーハーにもケンジントンにある某ホテルでこのアフタヌーンティーをたしなんでみたことがあります。サンドイッチとお菓子でおなか一杯になり晩御飯が食べられなくなってしまった記憶だけが鮮明です。しかしながらこの午後の飲み物は18世紀の半ばまではコーヒーだったといえば皆さん驚かれるかもしれません。

コーヒーはエチオピアを原産としており17世紀はヨーロッパを中心として広く飲まれるようになっておりました。さらにイギリスでも19世紀の初めにセイロンが植民地として獲得されると大規模なコーヒー農園が開発され、さらに安価で一般的な飲み物となっていき午後の飲み物として定着しました。ところがこのように高収率な品種を集中して植えた場合、病気は一気に広がります。コーヒーには有名なコーヒー錆病という有名な病気があり、これにかかるとコーヒーの木は枯れてしまいます。プランテーションがアフリカから東へ広がるとともにコーヒー錆病は広がりを見せておりました。セイロンのプランテーション経営者の願いもむなしく1800年代後半にはセイロンへもこの病害が広がり、1870年には3万トン近くあったコーヒーの生産量は1990年ごろにはほとんどゼロに近くなってしまいました。コーヒーの生産地はこの病害から逃げるように中南米へと移行していきましたが、これらに地域はイギリスの植民地ではありません。セイロンではその後コーヒーの代わりにお茶の木が植えられるようになり、現在に至るまでの有力なお茶の産地となっています。その結果としてイギリスの人々はコーヒーの代わりに紅茶を飲むようになったそうです。つまりこの病害がイギリスのアフタヌーンティーの文化を形作ったともいえるでしょう。

ところでその後コーヒーの生産はどうなったのでしょうか。これからコーヒーがなくなる心配があるのかと思われた方もいらっしゃるかもしれませんがご心配なく。コーヒー産地はブラジルなどが有力になりましたが、これらの国では水際防疫政策を強力に推し進めた結果、100年にわたって病害の侵入を防御できた点は非常に評価に値します。また現在では、栽培方法と抗菌剤の出現によりかなりこの病気を防げるようになっております。

人間の都合だけでできてきたような文化も実は自然に強く影響されているんですね。
—天然ゴムの病気の話についてはまた次の機会にご紹介しましょう。

森田浩一氏

大手タイヤメーカーにて 高分子化学分野の技術者として実績を重ね、研究所長、役員などを歴任。
現在は大手音響・楽器・電子部品メーカーにてイノベーション推進を担当する。

“なぜだろう”の問いかけをキーワードに多様な方向性で情報を集め、一歩違う視点で常に考える。
猫をこよなく愛するハードロッカー。

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