Vol.9 天然ゴムの病害 ~コラム:技術者の視点で世の中を俯瞰~森田さんに聞きました

Vol.9 天然ゴムの病害

少し前(No.6)にコーヒーの病害についてお話しさせていただきました。そのとき予告させていただきました天然ゴムの病害について今日はご紹介したいと思います。実は、この天然ゴム病害のネタについては、同じことを考えていらっしゃる方がいたようで、なんと今年のナショナルジオグラッフィックの一月号に書かれてしまいました。仕事も趣味もスピード感が重要ですね。失敗です。それでも、あえて、天然ゴムのプロの立場からこの件について書いてみたいと思います。

天然ゴムがタイヤに使われているのを皆さんご存知だと思います。天然ゴムは、人類が手にした最も古いゴム材料であることは言うまでもなく、現在においても最も優れたゴムの一つであり続けています。特に天然で作られることによってもたらされる特徴の一つとして完全に整った化学構造を有することから、合成ゴムにない非常に高い破壊特性を有します。合成ゴムにでは置き換えることができない材料としての重要な位置を占めていることはあまり知られていません。さらに、天然ゴムの知られていない(タイヤ業界では有名ですが)もっと重要なポイントして、天然ゴムだけがラジアルタイヤの内部に使われるスチールコードとの接着が取れるという事実があります。このような特性から絶対使用量が伸びているだけではなく、合成ゴムに対して天然ゴムの使用比率が高くなってきていることも見逃せません。つまり、意外にも最新モビリティそのものが、その足元を一番古い材料である強く天然ゴムに依存しているということが言えると思います。

そのような天然ゴムですが、いくつか課題があるのも事実です。天然ゴムは、パラゴムの木をタッピングしてラッテックスを集めそれを乾燥することによって得ることができます。(中身はもっと複雑ですが)すなわち農産物ですから地球上で再生産することができるという点においてサスティナブルな材料だということができます。写真1はブリヂストンがインドネシアのスマトラ島に持つプランテーションですが、水平線のかなたまで整った農園が見て取れると思います。しかしながら、その農地が熱帯雨林を切り開いてできたプランテーションであるという点において無秩序な拡大はもはや戒められるものでしょう。また、コーヒーの病害で以前紹介いたしましたように、それ以上に潜在的に大きな課題はプランテーション農業全体に共通な病害にあります。

_BSR0078天然ゴム(パラゴムの木)は、ブラジルが原産です。この原木の種をプラントハンターであったJウィッカムがイギリスの依頼でマナウスから持ち出し、イギリスのキュー植物園に移植しました。その種の子孫を東南アジアに広めることによって今の天然ゴムの産業が出来上がりました。このあたりの話は、非常に面白く糀谷先生の“天然ゴムの歴史: ヘベア樹の世界一周オデッセイから「交通化社会」へ (学術選書)”に詳しく書かれておりますのでぜひ一度手に取っていただきたいと思います。

現在天然ゴムのグローバル生産量は約1200万トンです。そのうちアジアの生産量は90%を超える状況にあります。ここでおかしいと思われた方は注意深い方だということができます。そうです、原産地のブラジルはどうなったのでしょうか?もちろんアジアに先行してブラジルでもプランテーションが開発されました。しかしながらブラジルは原産地であるがゆえにSALBと呼ばれるパラゴムの病害も存在していました。開発されたこれらの農園はブラジルのみならずアメリカ大陸全体で20世紀の初めまでにすべて病害で壊滅してしまいました。この病害に対する耐病性品種の開発や治療のための農薬の開発が積極的に行われたものの現在に至るまで有効な解決方法を得るところまで到達できていないのが現状です。幸いにしてこれまでにアジアとアメリカの地理的距離が水際防御の役割を果たしていることからこの病気のアジアへの蔓延を防止してきたといえます。しかしながら、以前このコラムでご紹介したように旅客機の航続距離は近年技術革新により著しく改善してきています。すでに東南アジアと南米を直接結ぶ定期航路の検討(不定期路線では実績があります)も伝えられています。そのとき、このようなモビリティ全体に影響のある静かなリスクをどう回避していくのかが課題であると思います。

もちろん検疫は最も効果的な手段あることは言うまでもありません。このSALBそのものは国連で生物化学兵器の指定を受けており、移動に関しては強く制限されている状況にあります。しかしながら歴史の示すところ、検疫は、完璧な防御手段ではないことも証明しています。また、実のところ病害に関してはこのSALBだけが問題であるわけではありません。WRD等の東南アジア特有のほかの病害による被害も報告されているのが現状です。これらに対してわたくしたちは、病害の診断技術や代替となるパラゴムでないグアユールやタンポポ等のゴム産出植物の基礎研究や合成ゴムでの本質的代替の可能性などに果敢にチャレンジしているのが現状です。
イギリスは病害で全滅したコーヒーの代わりに紅茶を飲むことによって、つまり文化的転換で対応しました。タイヤのゴムに万が一危機が訪れたときの答えは何になるのでしょうか、新たな天然ゴムや新合成ゴムetc、答えは歴史が下すことになりますが、意外にも石油や天然ガスにみられるような多様化が参考になるかもしれません。

森田浩一氏

大手タイヤメーカーにて 高分子化学分野の技術者として実績を重ね、研究所長、役員などを歴任。
現在は大手音響・楽器・電子部品メーカーにてイノベーション推進を担当する。

“なぜだろう”の問いかけをキーワードに多様な方向性で情報を集め、一歩違う視点で常に考える。
猫をこよなく愛するハードロッカー。

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