Vol.11 HVは自動車技術のガラケーか! ~コラム:技術者の視点で世の中を俯瞰~森田さんに聞きました

Vol.11 HVは自動車技術のガラケーか!

今回は、私の興味の本丸ともいうべき乗用車のお話をしてみたいと思います。特に今回は最新の自動車に乗る機会がありましたのでその経験も含めてお話してみたいと思います。

乗用車については非常に大きな変革の時期の真っただ中にあるといえます。ただしその変化の激しさはあまり外見からはうかがうことができません。これは飛行機のところでも書いたのですが(Vol.3参照)近年のイノベーションの特徴でもあります。おそらくみなさんも“そんなに変化してるの?”というのが本音だと思います。しかしながら、これまでの50年の技術的停滞を打ち破る勢いで技術が進んでいるのが、今の自動車の姿だと思います。特に変化しているのがエンジン(動力源)と素材ということにありその両方が近年の環境意識の高まりに対応する燃費の改善を実現するための技術革新ということになります。加えて、エレクトロニクスの発展に伴う制御の発達は確実に自動車を安全なものとしていると思います。

今回は、その中でも私の大好きなエンジンのお話をしてみたいと思います。エンジンそのものを趣味で好きというのも変な話ではありますが、エンジン技術はとても奥深くて考えさせられるものなのです。

自動車のエンジンはこれまで50年くらいで段階的に発展してきました。その技術の中心は主に第二次大戦中に飛行機の技術として開発され実用化されてきたものばかりです。例えば、“V12OHC四弁、ナトリウム封入バルブ、スーパーチャージャー過給でボッシュの燃料噴射付きのエンジン”と書くと自動車好きの皆さんはF-1のようなレーシングエンジンかフェラーリの市販車のエンジンと思われると思います。実はこの仕様は、メッサーシュミットBf109用のダイムラーベンツDB605エンジンのものです。(図参照)前述でわざと書き落とした、排気量35700cc+出力2000Hp以上であるところが自動車エンジンとの大きな違いになります。ここに書かれているようなエンジンの仕様は段階的に市販の自動車に組み込まれ、20世紀の終わりにはこのスペックをしのぐような高度な機械システムを持つエンジンに発展してきました。それにしても、70年前のエンジンにしてこの技術ですので、やはり飛行機のエンジンのスペックは高度だったということが分かります。余談ですが、ライバルのスピットファイヤーもロールスロイスV12の傑作エンジンであるマーリンシリーズで対抗しておりました。ただし、イギリスのエンジンシステムは、燃料噴射の技術では若干ドイツに後れを取っており、キャブレター仕様が中心だったことはこの時代の特徴です。

このように飛行機技術の展開で来た自動車エンジンの世界ですが、20世紀末に自動車独自の流れが日本から出現しました。それは、HVの発明です。つまりプリウスの実用化です。HVのエンジン技術の基本的な考え方は、航空機ではなく電車からきていることが特徴です。皆さんはここでHV電車なんかないじゃないかと思われたかもしれません。ところがHVカーの基本は、電車の電力回生技術のアナロジーにあります。電車は減速するときにモーターを回してブレーキをかけます。このモーターで得られた電気を架線に戻して電力を節約しています。戻した電気は同じ線路を走っているほかの電車の加速に使われるわけです。皆さんも電車に乗るとき特に減速時に発電している音がしますので気を付けて聞いてみましょう。最近は、ほとんど停車寸前まで発電=回生しているのがよくわかります。

自動車でも、減速時にブレーキで熱エネルギーとして大気中に放出されているエネルギーを、電車のようにほかの自動車の加速に活用したり、どこかにため込むことができれば燃費を大きく改善できるのは自明です。それを自動車に充電池を積み込み、そこにブレーキ専用発電機を使って原則エネルギーをため込むことにより回生を実現したのがHVカーということになります。HVを電気自動だと思われている方がいらっしゃるかもしれませんが、あくまで電気回生付きガソリンエンジン車というのが基本構成です。もちろんプリウスのように実際のHVカーはそんなに簡単な構成ではありません。エンジンそのものを低速トルクは出ないけど熱効率の良いアトキンソンサイクルモードで利用していますし、さらに低速加速領域を主にモーターアシストして高速巡行時はエンジン主体で走るために、非常に高度なエンジンモーター協調システムをハード・ソフト領域で導入しております。また違和感なくブレーキフィーリングと回生効率を両立するために人のフィーリングに対する制御プログラムの熟成に大きな努力がはらわれております。今回、試乗してみた自動車の一つは新型プリウスです。静かで自然な加速と機敏なハンドリング、さらに回生を意識しないようなブレーキフィールはまさにHVの熟成を感じるのに十分なものでした。もちろん燃費の方もさらなる改善が図られているのはいうまでもありません。

ただしこのHVカーは主に日本を中心にアメリカの一部を主な市場としており、それ以外の地域ではあまり普及しておりません。それではHVに代わるような日本や北米市場以外の世界での技術のトレンドは何なのでしょうか。

欧州では、HVよりもディーゼルエンジンの活用やターボ過給の導入がHVよりもより広範に活用されているということになります。ダウンサイジングという言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、このダウンサイジングとは、エンジンの排気量を小排気量に抑えて(つまり軽くして)ターボ過給によって失ったトルクを補いトータルで効率の良いエンジンシステムを得るという考え方になります。ターボエンジンの燃費がいいというと首をかしげるむきもあるかもしれません。私も80年代のスタリオンとか鉄仮面スカイラインとか初期のいわゆる燃費の悪いドッカンターボをよく覚えておりますが、燃費が良かったためしがありません。まあ、最も、運転の仕方にも大きな課題があったのは事実ですが。ところが、今のターボ車は中身が違います。気筒内燃料直噴と連続バルブタイミング制御など、当時なかったような技術を活用することにより、当時8前後だった圧縮比を10以上に高めることができました。それにより軽くてコンパクト、さらに低速トルクが十分出るエンジンを実現できたわけです。今回、このダウンサイジングエンジン搭載欧州車の代表である名車ゴルフ7にも試乗しました。ゴルフ7のエンジンパフォーマンスはカタログスペックを見ると、正直言ってまったくさえません。また、燃費表示もプリウスほどのレベルにはありません。しかしながら実際この車を運転してみるとターボラグもなくびっくりするほど加速はいいですし、ハンドリングも最高です。回生はないのでゴーストップの繰り返しには弱いと思いますが、おそらく巡航時には相当な燃費が稼げそうな感じです。これがディーゼルになるともっと熱効率は良くなりますし低速トルクも出ますのでさらにインパクトのある乗り味になりそうなのは容易に想像できます。アベレージ速度の高い欧州で主流なのも十分うなずける内容でした。

それでは、世界主流のダウンサイジングに対してHVはガラケーなの?という疑問がわいてきますが、それにはもう少しトレンドを追う必要があると思います。

今後、自動車産業が視野に入れなければならないのは、言うまでもないアジアを中心とする新興国市場ということになります。これらの国の置かれたインフラを含めた状況を見ながら大胆に予測してみましょう。まず考えなければならないのは、これらの国の燃料事情です。(化学屋らしくなってきましたね) これらの国の、軽油燃料の質を考えるとたぶんディーゼルは相当難しいと言わざるを得ません。硫黄分が多いという軽油の特性がエンジン内部の燃焼の問題を引き起こすだけでなく、排気ガス浄化のレアメタル触媒を劣化させてしまいます。これを改善するのは燃料精製インフラを地域ごと改善する必要があるために相当難しいと言わざるを得ません。また、この地域の自動車の整備レベルにも気を使う必要があります。ターボエンジンのメンテナンスは、今でも自然吸気の物に加えて非常にデリケートなものがあります。新興国でこれをよい状態に保つのは相当難しいと思います。事実、私の経験では、インドネシアでタクシーに乗ると、ターボ車は、ほぼ100%“エンジンが故障した”状況でした。当然ながらHVも相当複雑ですし、これらの国に特有の大雨による水没のリスクも考えると苦労しそうです。それじゃ何が来るのでしょうか?私は、おそらく、内燃機関進化であるマツダのスカイアクティブに代表されるエンジンの高圧縮化+アトキンソンサイクル化だと思います。比較的目立たない技術ですが、エンジンの圧縮比を10から15程度にまで上げることにより燃焼効率を向上させるシンプルで利用価値の高い技術です。前述のプリウスのエンジンも基本的にこの技術ですし、マツダの自動車だけでなくヴィッツやパッソなどのトヨタやダイハツの車にも静かに広く採用が広がる技術です。これですと新興国のインフラ現状にも対応しながら比較的早期に広がりそうな気がします。この技術にアイドリングストップを加えれば、とてつもない渋滞に悩まされるこれらの国々では実質的に大きなメリットが得られるのではないのでしょうか。

さらに大胆に付け加えるならば、これに加えて、スズキが進めるオルタネーター回生(マイルドHV)の技術が次に普及しそうに思えます。このHVの構成はプリウスなどが用いる重装備なモーターを複数使うHVと違って、今もついているバッテリー用の発電機を利用して(ちょっと強化する必要がありますが)減速時に発電して電池に少しだけエネルギーをため込み、次の発進するときだけにこの今度は発電機を加速モーターに活用してこのエネルギーを使うという技術です。プリウスのようにモーターだけでは発進できませんが、なによりシステムがシンプルで簡単な上に、加速時にガソリンは一番消費しますので、エネルギー節約には大きな効果があるといわれております。付け加えるならば、前述の高圧縮比アトキンソンサイクルエンジンの欠点は発進トルクの細さにありますので、この発進トルク補完のオルタネーター回生とアトキンソンサイクルエンジンの組み合わせには一定の利がありそうです。

column11だいぶ長くなりましたが、以上みてきたように正直、今、エンジン(動力源)に絶対的な正解はありません。もちろん、先進国を見れば、今回書かなかったようなPHV-EV-FCV競争というのもありますし、マイクロガスタービンなども後ろに控えています。正直、面白くて目が離せません。 ところで、皆さんのかかわる業界ではどうでしょうか、このような競争は始まってから参加しても遅いのが現状です。次のイノベーションに向けた先を読んだ新技術の準備を怠るわけにはいきませんね。

図)左がメッサーシュミットBf109K/ダイムラーベンツDB605、右はスピットファイヤーMk.9/ロールスロイスマーリン61  どちらもV12の4弁エンジンです。(ちなみにこれらの機体は私が作成した1/72のプラモデルです)

森田浩一氏

大手タイヤメーカーにて 高分子化学分野の技術者として実績を重ね、研究所長、役員などを歴任。
現在は大手音響・楽器・電子部品メーカーにてイノベーション推進を担当する。

“なぜだろう”の問いかけをキーワードに多様な方向性で情報を集め、一歩違う視点で常に考える。
猫をこよなく愛するハードロッカー。

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