Vol.1 難民について ~コラム:「グローバル」にアンテナを~速水さんに聞きました

Vol.01 難民について

初めまして、今回からこのコーナーでコラムを執筆させていただきます速水と申します。国際ニュースを扱うメディアで働いており、最近は大学で世界情勢についての講義も担当しています。国内外のニュースを入り口に、身の回りのあれこれを普段と少しだけ違う視点で考えてみるきっかけをご提供できれば嬉しく思います。

第1回は難民について。いきなりですが、皆さん、「難民」と聞いてピンときますか? ニュースでは耳にするけれど、よく分からない…という方も多いのではないでしょうか。日本は大半の紛争地域から距離的に遠く、難民申請件数も少ないため、それも無理はないのですが、国際ニュースの分野では難民問題はこの数年、最重要案件の1つです。

難民とは、紛争や迫害、飢餓などで身の危険を感じて外国や国内の別の地域に避難せざるを得ない人々のこと。2017年末時点で世界の難民総数は6850万人、地球上の110人に1人が生き延びるために住む場所を追われたことになります。

では、最も多くの難民が出ている国はどこでしょう? 答えは中東のシリア。2011年から政府軍と反政府勢力、IS(イスラム国)などが入り乱れた内戦が続いていて、これまでに630万人もの市民が近隣のトルコやレバノン、さらにはドイツなどの欧州諸国に避難しています。

2位以下にはアフガニスタンや、自衛隊が派遣された南スーダンが並びますが、もう1つ、「アジア人」として知っておきたいのがミャンマー(ビルマ)です。ミャンマーは仏教徒のビルマ族が多数を占める国で、イスラム教徒の少数民族「ロヒンギャ」は以前から国籍をはく奪されるなどの深刻な迫害を受けてきました。ちょうど1年前の2017年8月以降、事態は一段と悪化し、ミャンマー軍によるロヒンギャの大量虐殺や村の焼き討ちが続発。70万人以上が隣国バングラディシュに徒歩や粗末な船で逃げ込み、国連は「21世紀最悪の民族浄化」と批判しています。

こうした難民の惨状について大学の授業で話すことがありますが、やはりほとんどの学生にとっては「自分と関係ない遠い国の話」のようで、ロヒンギャに至っては「聞いたこともない」という反応が大半でした。ただ、私がそれ以上に驚いたのは、難民を受け入れる側の国々についての彼らの反応です。

例えば欧州には近年、中東やアフリカから大量の難民が押し寄せています(稼ぎのいい仕事を求めて密入国する「不法移民」も混じっているので、話が厄介ですが)。特にドイツは、2015年に「シリア難民受け入れ宣言」をしたのを機に、1年間で100万人が殺到。当初は多くのドイツ人が受け入れに賛同し、難民に住居やドイツ語指導、職業訓練などを提供しましたが、治安の悪化や外国人に仕事を奪われることへの不満が広がり、最近では受け入れ反対の世論が優勢に。オーストリアやイタリア、フランスなど他の欧州諸国でも、外国人排斥を掲げる極右政党が躍進し、難民・移民を締め出す政策が広がっています。「人権」や「寛容」を重んじてきた欧州の歴史を思うと、隔世の感があります。

ところが、学生たちにこの話をすると、「治安が乱れるから、受け入れ拒否は当たり前」「お世話になる立場だから、追い出されても仕方がない」と即答する声が相次ぎました。確かに、ある日突然、何万人もの難民が押し寄せてきたら、住む場所から仕事まで問題が山積みでしょう。でも大前提として、難民(と認定される可能性がある人)を追放・送還してはならないことは国際法で定められています。つまり、日本人を含め、私たちは誰でも、命の危険を感じて他国に助けを求めたら保護される権利を有しているのです。欧州諸国の現在の対応も、多くの葛藤を経た上での苦渋の選択であって、理想と現実の折り合いをどうつけるかの議論は今も続いています。

多くの学生が躊躇なく「受け入れ拒否は当然」と答えたのは、単にそうした知識が不足していたためかもしれませんが、いずれにしても、他人の、ひいては自分の基本的な権利に「鈍感」でいることは、難民問題に限らずさまざまな場面で、相手の人権を脅かし、また自分自身にとってもリスクになると思います。

例えば職場。今どきのオフィスでは「労働者の権利」なんて古臭く聞こえますし、普段から意識している人は多くないでしょう。でも、ひとたび弱い立場に立たされた時に身を守る盾になるのは、働く人を守る仕組みについての知識、そして、それが自分にも適用されるという当事者意識だと思います。病気になった、上司のパワハラがひどい、突然、親の介護が必要になった……。思わず弱気になって、自己責任という言葉に負けてしまいそうな場面ですが、普段から職場での人権や法律についてアンテナを張っている人なら、不要な譲歩をすることなく、自分の身を守る一歩を踏み出せるかもしれません。また、職場全体にそうした意識が浸透していれば、互いを尊重し合い、ブラックな働き方に陥るのを防ぐ大きな力になると思います。

難民保護にしても、働く人の権利にしても、今ある権利は上の世代が多大な犠牲を払って獲得してきたもので、決して最初から与えられているものではありません。そうした権利について「鈍感」でいられるのは、それが奪われる不安を感じない恵まれた環境の証でしょうが、この状態を当たり前だと勘違いしないよう、普段から人権への「感度」を高めておくことが、職場や社会を変えていく一歩になるのではないでしょうか。

速水怜子氏

国際ニュース編集者、大学兼任講師
英文ニュース記事の翻訳・編集に加えて、ジャンルを越え記事企画、取材、編集を行う
また、大学では 国際情勢の基礎知識、ジャーナリスティックな文体・構成で
書く力を鍛えるユニークな講義で学生からの人気を得る

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