Vol.2 私は私 ~コラム:「グローバル」にアンテナを~速水さんに聞きました

Vol.02 私は私

猛暑の記憶も薄れて、いよいよスポーツの秋! ということで、いま最も旬なスポーツ選手といえば、やはりテニスの大坂なおみ選手ですよね。テレビやネットでは彼女の生い立ちからコーチの指導法、夕食のメニュー、「ナオミ語録」まで大坂選手の話題があふれています。

超一流プレーヤーの顔と少女のような可愛らしさが混在する大坂選手の話題には思わず引き込まれますが、それと同時に、今回のブームに微妙な違和感というか、居心地の悪さのようなものを覚えた方もいるのではないでしょうか。私が特に気になったのは、「日本人初優勝」「謙虚な受け答えが日本人らしい」「抹茶アイスが好き」「日本代表として東京五輪を目指す」「凱旋帰国」などなど、彼女の日本人らしさや日本への帰属を強調する報道やSNS投稿が目立った点です。

ご存知のように、大坂選手は日本人のお母さんとハイチ系アメリカ人のお父さんを持つ、いわゆる「ハーフ」です。3歳でアメリカに渡ったため日本語は流暢とは言えず、見た目も典型的な日本人とは違いますが、だからこそなおさら、彼女の言動に日本的な部分を見つけると、共通項を感じて嬉しくなる……それは自然なことですし、メディアがそこに光を当てたストーリーを作りたくなるのも理解できます(その一方で、見た目の違いから彼女の日本人としての属性を完全否定して、「日本人扱いするな」という心無い声もあるようですが)。

でも現実には、大坂選手は日本人であると同時にアメリカ人でもあり、さらにニューヨークのハイチ系コミュニティーで育ったため、お父さんの母国ハイチにも強い思いがあるそうです。つまり、ハーフ(2分の1)どころかトリプル(3倍)の多様性を背負って、世界を舞台に戦っているわけです。記者会見でアイデンティティについて問われた時の返答も、「私は私」。そんな大坂選手を、狭い意味での「日本人」のイメージに無理やり押し込める形で伝えてしまっては(あるいは逆に、普通の日本人の型にはまらないという理由で「ガイジン」として排除してしまっても)、彼女の素のままの人となりや、彼女が体現している豊かな多様性が伝わらないのでは、と心配になります。

もう1つ、私が居心地の悪さを覚えた理由は、日本に愛着を持つ大坂選手のさまざまなエピソードが、昨今の「日本すごい!」のストーリーに組み込まれて、都合のいいように歪められてしまいそうな空気を感じたからだと思います。

ここ10年ほどの間に、日本文化や日本人の素晴らしさを外国人が高く評価していることを伝える書籍やテレビ番組が続々と登場して人気を博しているのは、皆さんもお気づきですよね。海外、特に欧米からの評価を気にする傾向は今に始まったことではなく、知日派の外国人が書いた「日本人論」は終戦直後からたびたびベストセラーになってきました。

でも、最近の「日本すごい」ブームは、以前とはやや質が違うように感じませんか。驚異的な経済成長を経て日本全体が上り調子だった頃は、褒められればもちろん嬉しいけれど、耳の痛い話も含めて外国からの指摘に関心を持ち、時には「外圧」を逆手に取って日本社会をよくしていこうという機運がありました。一方、近年の「外国人から見た日本」への関心は、もう少し内向きの感じがします。外国人の目に映る日本社会の本質的な課題に切り込むものは少なく、和食やおもてなしの心、礼儀正しさ、職人の技、町工場の技術力、アニメ、ゲームなど目に見えやすい「すごさ」を、外国人の言葉を借りて自画自賛している印象でしょうか。社会全体に停滞ムードが漂い、かつてのような自信を持ちにくい現状を反映しているのかもしれませんね。

大坂選手をめぐる話題も本来は、女子テニス界の新星の台頭がニュースの軸だったはずですが、実際にはテニスそのものと同じかそれ以上に、彼女がいかに日本に魅了されているかが話題の中心になっています。たどたどしい日本語で「日本好き」「かつ丼食べたい」などと話すシーンが繰り返し伝えられ、こんなスター選手が日本を特別に思ってくれている、というイメージが強調される……そうしているうちに意図的ではなくても、大坂選手の存在が私たちの自尊心をくすぐる最新の「ネタ」として消費されていく(そしてブームが去れば、それっきり)としたら、あまりにもったいなく、残念なことではないでしょうか。

でも、こうしたことも、「日本人」のイメージに収まりきらない大坂選手の登場が私たちの常識や価値観を揺さぶってくれるからこそ、とも言えますよね。せっかくユニークなバックグラウンドを持つ大坂選手に注目が集まっているのですから、今回の盛り上がりが一時的なブームに終わることなく、私たちの心の中にある「日本人」の枠を広げるきっかけになればいいなと思います。見た目や国籍に関係なく、誰もが「私は私」と言える、そんな雰囲気が広がれば、あの手この手の「グローバル教育」に必死になるよりずっと簡単にグローバルな心が育つのではないでしょうか。

速水怜子氏

国際ニュース編集者、大学兼任講師
英文ニュース記事の翻訳・編集に加えて、ジャンルを越え記事企画、取材、編集を行う
また、大学では 国際情勢の基礎知識、ジャーナリスティックな文体・構成で
書く力を鍛えるユニークな講義で学生からの人気を得る

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